2018年01月05日

消える妖精の解答

昨年末に投稿した「消える妖精」の謎を正月中も考えておりましたが、結局謎は解けませんでした。

DSCF3560-a.jpg
妖精、レプリコーンが15人から一人消えて14人になってしまいます。



我が家のボンはその答えをすでに知っていて、ヒントを与えてくれました。
それは「妖精が消える」と考えるのではなく。逆に14人から15人に増えるのだ!と考えなさいと。

上の絵をコンビニで拡大コピーまでして、いろいろやってみましたがギブアップ。
子供の頃はこういう場面ではなぜか「お茶ふいた」と言っていたことを思い出しました。


以下はその解答です。
説明がムツカシイのでUTubeからの引用です。

         
      ここでは妖精ではなく少女が消えるようになっています。

世の中には、こんなトリックを考える頭の良い人がいるものだと感心しました。
この方法を使えば14枚の1万円札をチョット小さめの15枚に増やすこともできるそうです。
良い子はホントにはやらないで下さい。

以上、新年をまたいだ謎解きの一件でした。


posted by オンシュガー at 16:57| Comment(2) | 木の国から U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

消える妖精

いよいよ今年もあとわずか。いつもブログに訪問いただきましてありがとうございます。

この忙しい時に!とお叱りをうけることを覚悟ですが、敢えて謎解き問題の提供です。


下はアイルランドの民話に出てくるレプリコーンという妖精が消えてしまう謎の絵です。

DSCF3560-a.jpg


上の段では15人の妖精がいますね。この絵をまず上下二つに切り分けます。そして上の部分を真ん中より少し左の線のところで又二つに分けます。
そして上の二つに切り分けたものを左右逆にして下の部分に合わせたのが下の絵になります。

さあ、妖精を数えて下さい。1,2,3,4・・・14人しかいません。
一人消えてしまいました。

実はワタクシもまだその謎が解けていません。
お正月中にじっくり考えてみたいと考えております。

   出典は「遊びの博物誌」 坂根巌夫著 朝日新聞社刊 (1977年) でした。


     

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posted by オンシュガー at 19:50| Comment(2) | 木の国から U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

緊急 カズオ・イシグロの文学白熱教室が再放映

今年のノーベル文学賞に日本生まれのカズオ・イシグロが受賞し、話題になっております。

ワタクシが初めてカズオ・イシグロを知ったのは2年前、NHKで放映された「文学白熱教室」でした。
日本の大学生を前に持論を展開するところに感銘し、また聴講している学生たちが真剣に質問する態度にも好感を持ちました。
すぐに図書館で「日の名残り」、「私を離さないで」などを借りて読むようになってしまったのです。

    その番組が今晩、再放送されます。
      NHK Eテレ  11:00 〜 11:55

カズオ・イシグロはその番組の中で、なぜ自分が小説を書くのか・・・を学生たちに話しています。そしてフィクション(虚)の部分が真実を深めて行くのだと説きます。

小説「日の名残り」でも第一次世界大戦後のドイツの処遇についてイギリスやフランスが関わる場面が出てきます。そこでアメリカの若い代表者が、集まっている皆に「あなたたちは政治のアマチュアだ」と言い放つ場面などは虚の部分ではないかと思います。しかしその部分が歴史的には真実を強調する役目になっているように思います。

なにはともあれ、今晩をお楽しみに。 録画しておく価値がありそうです。



posted by オンシュガー at 07:57| Comment(0) | 木の国から U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

恋するガリアのミレイユ・ダルク

新聞の訃報欄でフランスの女優、ミレイユ・ダルクが亡くなったのを知る。

学生時代のころ名古屋スカラ座で「恋するガリア」を観たことを思い出す。
モノクロ画面いっぱいにそばかすだらけの女優が映し出される。大きな目、ちょっとつり上がったような鼻、お世辞にも美形とは言い難いが、とても印象にのこる女優であった。
それがミレイユ・ダルク。

ストーリーは良く覚えていないが、道ならぬ恋に落ちた女性が、恋をあきらめ自立して行くといった話だったよう。

白黒の画面がかえって哀愁を誘うような感じであった。
(その数年前に話題となったイタリア映画「ブーベの恋人」も白黒画面が良かった。)


恋するガリアを忘れられなくしているのはその映画音楽。
まだ結成されたばかりのスィングル・シンガーズが歌っているバッハのシンフォニアが使われていた。
これが素晴らしかった。スキャット唱法がまだ知られていなかった頃のことで、おしゃれで都会的な音楽に出合い、一度で虜になってしまったことを思い出す。


夏がよく似合う女優がこの夏の終わりにあちらへ旅立った。

         
            映画のBGMはコチラ






posted by オンシュガー at 22:00| Comment(0) | 木の国から U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

線の意味を考えさせるモノサシ

小学校の頃の運動会で引かれていた石灰の白線、鉄道の線路のレール。
小さいころから慣れ親しんだ線には巾があった。

ノートに書かれた鉛筆の線にも細いながら巾というものがある。

それはそれで良かった。

ところが線の持つ意味を考えさせるモノが出現した。

コクヨが発売している「本当の定規」というモノ。

2017_08232017-210001-a.jpg



ちなみにこれが今までの定規。

2017_08232017-210002.jpg

太さのある線で目盛りが打ってあるのを何の疑問もなく使っていましたが、本来定規は巾のある線では正確な長さが表せないのです。

広辞苑によれば、「線」とは
 A 点の移動や面の交差によって生じ、位置および長さをもつが、巾および厚さを持たない。
とある。

ですから、今までの定規を使う人は、刻まれている線の中央を適当に推定して求める長さを計っていたのです。

コクヨの「本当の定規」では黒い部分と何もない部分の境界が従来の定規の線の中央に相当するようにしています。ですから読み取る人は今までのように推定を加える必要がないのです。

ある意味、こだわり過ぎの定規です。しかし、おかげで線というものの意味を考えさせてくれました。

土地の境界線に巾があっては問題がややこしくなります。ウインブルドンでテニスボールが入っているか外に出ているか、チャレンジした時に出てくる画面でも白線の外側がこの場合は本当の「線」となるのです。

天気予報に出てくる前線も異なった性質の大気がぶつかり合う場所ですからそこにも巾はありません。天気図の前線は半円と三角のつながった巾のある帯で描かれていますが、正確にはこれも上の「本当の定規」のように工夫して描かねばならないはずです。

こだわりの定規のことから「線」について考えてみました。

   本当の定規の記事は → http://getnavi.jp/stationery/148804/

posted by オンシュガー at 17:39| Comment(0) | 木の国から U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする